Lucky Life Manのブログ

日記の延長みたいなもの

我が家の本棚

社会人となってからの本棚はビジネス書がほとんどで面白くない。

実家に帰ると、よくもまぁ捨てずにとっててくれたのねって感じのふるーーーい本がいっぱいある。

小学校6年生

昔は小学館から1年生~6年生まで雑誌が出版されていたが、最近はどんどん廃刊になっているようだ。今の小学生は雑誌よりネットか!?

中身を見るとピンクレディーがどーんと掲載。大人気だったもんなぁ。西城秀樹郷ひろみ山口百恵もいる。身長比べしている特集があるが、和田アキ子でけーー。

月間プロレス

小学生の時に月のお小遣いをはたいて唯一買ったプロレス雑誌。(中学生からはお小遣いもあがり毎月買っていた。週刊化されてからも。。。)ミルマスカラスが表紙だ。中身を見ると、北米タッグタイトルで猪木、坂口VSタイガージェットシン、上田馬之助が闘っているではないか。上田馬之助の狂乱ファイトに坂口がブチ切れて「お前それでも日本人かぁ」なんてマイクパフォーマスしている。シンさんも上田さんも本当はいい人なのね。今となっては人間的には猪木が一番腹黒いと思う。

リーファンクが51代のNWA世界チャンピオンの時代。防衛線を行ったって掲載。ん!?ハーリーレイスに負けたってのも掲載。ここからミスタープロレスの始まりかぁ。ファンクスにとっちゃあハーリーレイスは鬼門でしたね。まぁ、その当時のNWA内部の動きはよくわからんが。力道山のころにはプロレスはショー的なイメージがあるもんだって言ってたから、ずいぶんと昔から勝敗などは決まっていたようです。

馬場もジャック・ブリスコから東洋人初の世界王者、レイスから2度、計3度NWA王座に輝いているが、リターンマッチでことごとく敗れ1週間天下の王者だった。まあ、NWA世界王者は世界中を転戦し、防衛戦を行わなければならないため、全日本の社長で長期間日本を離れられない馬場はチャンピオンに長く君臨できなかったってこと。とはいえ、NWAの副会長まで勤め上げた経歴から日本にいる間はベルトを馬場に預けるってことでチャンピオンに輝いていたようだ。すんごい、大人の事情。

ムー

今もスピリチャル本として健在。怖いもの見たさで毎月買ってました。結構楽しみだった。でも、このブログを書いていると昔の恐怖がよみがえってきたのでこの辺でやめておこう。

BASICマガジン

当初、ラ製(ラジオの製作)の付録だった思い出が。。。そのころは結構薄ぺらかったが、各社からパソコンが発売され始めてから独立した雑誌になったような。。。。

NECのPC8001のゲームプログラムが一番多く掲載されていて、あこがれのマシンでした。今ではこの値段でこのスペック!?!?!?ってぐらいバカにされるだろうけど、見方を変えれば、コンピュータの進歩って恐るべきスピードなのですよ。

自分でBASICゲームをよく作ってました。楽しかったなぁ。あの頃に戻りたい。

本っていいですね。時代が反映されていて。今では電子化されたりもしているけど、昔の雑誌とかも電子化されているのかなぁ!?